名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)2487号 判決 1968年7月12日
原告
長倉艶子
被告
焼津自動車株式会社
ほか三名
主文
(一) 被告焼津自動車株式会社および被告小長谷禮司は、各自原告に対し八七六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年一月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 原告の被告藤下知洋および被告山本悦郎に対する請求、並びに被告焼津自動車株式会社および被告小長谷禮司に対するその余の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用中、原告と被告焼津自動車株式会社および被告小長谷禮司との間において生じたものは、二分しその一を原告、その余を被告らの各負担とし、原告と被告藤下知洋および被告山本悦郎との間において生じたものは原告の負担とする。
(四) この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告訴訟代理人の申立
被告らは各自原告に対し二二五万円およびこれに対する昭和四一年一月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二、被告焼津自動車株式会社および被告小長谷禮司訴訟代理人の申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
三、被告藤下知洋および被告山本悦郎訴訟代理人の申立
(1) 本案前の答弁
本件を静岡地方裁判所へ移送する。
との決定を求める。
(2) 本案に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二、請求の原因
一、原告は次の交通事故により受傷した。
(一) 発生日時 昭和四一年一月二日午後〇時一五分頃
(二) 場所 静岡市南町二丁目五番地先交差点
(三) 加害車 被告焼津自動車株式会社所有の普通乗用自動車(静五う一四六六号)
被告藤下知洋所有の普通乗用自動車(静五に六三二三号)
(四) 事故の態様 被告小長谷禮司は乗客の原告を後部座席に乗せ、前記被告会社所有の加害車を運転し、前記場所の信号機の設置された交差点を信号を無視して西進した。その時同所を南方道路から前方左右の安全を確認することなく漫然と北進して来た被告山本悦郎運転にかゝる前記被告藤下所有の加害車と同交差点において衝突した。
(五) 傷害内容 頭蓋亀裂骨折頭部挫傷
二、被告焼津自動車株式会社(以下被告会社という)はタクシー業を営み、被告小長谷をタクシー運転手として雇用しているものであり、前記の事故もタクシー運転業務中に惹起したものである。
被告藤下は同山本運転にかゝる自動車の保有者で、右自動車を運行の用に供していたものである。
従つて、被告会社および被告藤下は車の保有者責任を、被告小長谷および山本は不法行為者責任をそれぞれ原告に対し負つている。
三、原告の損害
(一) 休業補償 八五万円
原告は本件事故当時、名古屋市内の「クラブるびこん」のホステスとして勤 し、平均月収七一、三〇〇円を得ていたが、本件事故により昭和四一年一月三日から同年一二月まで欠勤し、少くとも八五万円の得べかりし利益を失つた。
(二) 慰藉料 一五〇万円
原告は、昭和三六年頃より前記「クラブるびこん」にホステス兼同店の主人代理として勤務していたが本件事故により前記傷害を受け、昭和四一年一月三日以降、静岡県の精神科病院養心荘に約一ケ月、同年三月二〇日頃から同年八月末日頃まで名古屋市中京病院にそれぞれ通院して治療を受け、その後同年一二月まで自宅で静養したが、現在も常時頭痛等の後遺症に悩まされている。ことに原告は独身で長年ホステスとして生計を維持して来たが、本件受傷の結果、夜間の勤務は極めて苦痛を伴い、労働能力は著しく低下し、将来の生計に対する不安は大きい。右の肉体的精神的苦痛に対する慰藉料としては、一五〇万円が相当である。
四、原告の損害は右合計二三五万円となるところ、原告は被告会社からその主張する一〇万円の支払を受けたからこれを差引き二二五万円、およびこれに対する本件事故発生の日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、被告会社および被告小長谷の陳述
一、原告主張の日時場所において、原告主張の事故が発生し、原告が受傷したこと、被告会社がタクシー業を営み、被告小長谷を雇用していたもので、被告会社のための運行中に本件事故が発生したものであること、以上の事実を認め、その余の原告主張事実を争う。
二、原告は昭和二年生れの女性であり、その年令より見て独身であることは、原告が主張するほど慰藉料の算定に影響するとは言えないし、本件事故による傷害の程度も、本件事故後一年の間にわずか一〇日間通院した程度に過ぎず、現在は治癒している。
三、被告会社は、原告に対し昭和四一年五月五日に五万円、同年一二月五日に五万円を休業補償として支払い済みである。
第四、被告藤下および同山本の陳述
一、訴訟上の答弁理由
本件は不法行為に関する訴であるから、不法行為地又は被告の普通裁判籍たる被告の住所地である静岡地方裁判所に移送さるべきである。しかも本件は交通事故の過失の有無並びに責任の所在について争いがあり、現地の検証、現地での証人尋問等証拠調の中心は現地で行われるべきであるから、訴訟経済から言つても静岡地方裁判所において審理されてしかるべきものである。
二、請求原因に対する答弁
(1) 原告主張の日時場所において、本件事故が発生し、原告が受傷したことは認めるが、その余の原告主張を争う。
(2) 被告山本運転の自動車は被告藤下の保有車ではない。即ち、右自動車は被告藤下が昭和三八年一一月三日清水市所在巴自動車株式会社から二五万円で買受け、同被告名義としたものであるところ、昭和四〇年一〇月一八日被告山下に、代金七万円、昭和四〇年一二月三〇日までに分割支払うとの約束で売渡し、右約束どおり代金の授受を了え、被告山下に所有権が移転したものである。
(3) 本件事故は全面的に被告小長谷の過失に基くものであり、被告山本には全く過失がない。被告山本は本件事故当時静岡市中田より駅南銀座通りを時速二〇キロメートル程度で北進して、信号機の設置された本件交差点にさしかゝり、信号が青であり何ら危険の察知される状況でなかつたので、更に北進したところ、右から被告小長谷の運転する自動車が時速約七〇キロメートルで暴走して来て被告山本運転車の右側面に衝突した。右の次第で、本件事故については被告山本には過失がなく、かつ事故の態様から見ると被告山本の自動車に本件事故発生と関係ある構造上又は機能上の欠陥はなかつたことは明らかである。
第五、証拠 〔略〕
理由
一、移送の申立に対する判断
本件は不法行為に基く損害賠償請求であることは被告藤下ら主張のとおりであるが、右請求に対する義務履行地は原告の住所地であり、当裁判所は右義務履行地の裁判所にあたるから、管轄違いを理由とする右被告らの主張は理由がなく、又民事訴訟法三一条を根拠とする主張も、被告会社および同小長谷に対する訴訟との関係を考えると、これを容れるに足りない。よつて右被告らの移送の申立はこれを採用しない。
二、被告山下運転車の保有者
被告藤下が、被告山本の運転していた自動車の名義上の所有者であつたことは、被告藤下も自認するところである。被告藤下は右自動車を本件事故当時、被告山本に売渡しており、保有者たる地位を離脱していたと主張するが、右事実を認めるに足る証拠はないから、右主張は採用しない。
三、事故当事者の過失
〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められ、他にこれらの認定事実を覆すに足る証拠はない。
(1) 本件事故現場は、東西に走る車道幅員九・一メートルのアスフアルト舗装道路(車道両端に更に歩道あり)と、南北に走る幅員七・七メートルのアスフアルト舗装道路との交差点内にある。右交差点には信号機が設置されている。
(2) 被告小長谷は、被告会社に入社後一ケ月程で静岡市近辺の地理にまだ暗かつたものであるが、事故当日、静岡駅前から原告を乗せ、時速四〇ないし五〇キロメートル位の速度で西進して本件交差点付近に来た。そして右交差点の信号が黄から赤になるのに気付かず、そのまゝの速度で右交差点東側の横断歩道に来たとき、被告山本運転の自動車が左側道路から交差点内に入つて来るのを発見し、急いで制動措置をとると共に右にハンドルを切つたが間に合わず、交差点中心附近のやゝ南よりの地点で山本車の右前附近に衝突した。
(3) 被告山本は本件交差点の南方から時速約一〇ないし一五キロメートルの速度で交差点南側横断歩道附近まで来たとき、信号が青になつたので再び加速して進行し、交差点内に入つたとき、右(東)側横断歩道附近を停車する様子もなく、直進して来る被告小長谷運転車を発見し、急いでハンドルを左に切つた瞬間、右小長谷車と衝突した。
(4) 以上の事実に基き被告小長谷および被告山本の過失を考えると、被告小長谷には、信号無視および前方不注視の過失が存することは明らかである。これに対し本件道路の幅員、衝突前の各自動車の速度、被告小長谷運転車を発見した時および所の諸事情を考えると、青信号になつて発進する際に被告小長谷車の動静を見極めることを被告山本に求めることは不能を強いるものであり、交差点に入つて小長谷車が信号を無視して進入してくるのを発見後何らかの危険回避の措置をとることを求めることもできないから、被告山本は本件故発生について何らの過失もないといわねばならない。そして被告山本車に構造および機能の欠陥がなかつたことについては、原告の明らかに争わないところであるから、原告はこれを認めたものと看做す。また、被告会社が被告山本運転の右自動車を所有し運行の用に供していたことは被告会社の認めるところである。
四、以上の事実によれば、被告会社および被告小長谷はそれぞれ運行供用者および不法行為者として、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき義務があり、被告藤下および山本はその義務がないというべきところ、原告の損害については、次のとおりの事実が認められる。
(1) 傷害の部位程度
〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により頭部打撲、左肩打撲、左下腿打撲の傷害を受け、先ず静岡市の司馬病院に昭和四一年一月一〇日までの間に六日通院、同月一二日から静岡県立病院養心荘に頭痛、めまい、耳鳴を訴えて同月二一日までの間に二日間通院し、翌二月七日から同年一二月五日まで名古屋市の中京病院に八回通院、それぞれ治療を受けたこと、原告は昭和四一年九月一日から従前勤めていたバーに出勤したが長く働らくと頭痛が出ることがあつたが、同四二年一月から通常に勤務できるようになつたこと、早くとも同四一年九月までは原告のホステス勤務は困難な状況であり全く働らかなかつたこと、以上の事実が認められる。
(2) 休業補償
前記の事情によれば、原告は昭和四一年一月から八月末日まで本件事故による受傷の結果、バーのホステスとして全く勤務することができずその間の収入を得なかつたところ、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時「クラブるびこん」のホステス兼主人代理として月収七二、〇〇〇円を得ていたことが認められ、結局五七六、〇〇〇円の得べかりし利益を失つたことが認められる。
原告は昭和四一年一二月までの休業を本件事故による損害として計算しているけれども、その通院の状況、証人三浦良也の証言と照らすとこれを容れるに足りない。一方〔証拠略〕によれば原告は休業中も藤沢冨美子から毎月一万円宛受領していたことが認められるが、右金員が藤沢冨美子の原告に対する同情の結果与えられたものである(藤沢証言)点を考慮すると、損益相殺の対象となすべきものでないものと思料される。
(3) これまで認定して来た原告の傷害の程度、治療の経過、右傷害が原告の勤務に及ぼした影響、今後もあるいは頭痛が再発するかも知れない不安等諸般の事情を考慮すると慰藉料は四〇万円と定めるのが相当である。
(4) 原告が被告会社から休業補償内金として一〇万円を受取つたことは当事者間に争がない。
五、以上説明して来たところによれば、原告は被告会社および被告小長谷に対して八七六、〇〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四一年一月二日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め得べきで、右の範囲で原告の請求は理由があるのでこれを認容し、原告の被告藤下および同山本に対する請求並びに被告会社および同小長谷に対するその余の請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西川正世 渡辺公雄 村田長生)